「子供にLGBTのことを教えるのは早い」という主張に当事者の僕が感じていること。


台南彩虹遊行(台南レインボーパレード)2019でメッセージを掲げるカフェ

もしも、子供の頃にLGBTのことを学んでいたとしたら。学ぶ機会がないまま大人になってきた当事者の僕は今、こんなこと思っています。

こんにちは!台湾でボーイフレンドと暮らして7年になります日本男子Mae(@qianheshu)です。

先日、ツイッターを眺めていたら、興味深いツイートを発見しました。

その内容は、「LGBTについて教える」ことに関するもの。

そのツイートでは、「私は子供が小さいうちから、LGBTについて進んで教えようとは思わない」と主張されていました。

みなさんは、この主張について、どう思われますか?

同じ考えでしょうか?それとも逆に、早い段階から教えたいとお考えでしょうか?

あるいは、どうすべきか分からない、という方もおられるかもしれませんね。

もちろん、考え方は人それぞれにあって当然と思いますが、LGBTの「G」にあたる僕は、自身が体験してきたことを通して、「こうだったら良かったのになあ」と感じていることがあります。

 


ツイッターで繰り広げられていた「LGBTについて教える」ことに関する一つの主張。

 

僕がツイッターを眺めていた時に流れてきたツイートを、

コメントも含めて読み込んでみると、

その方の主張のポイントは、次のようなものでした。

 

・自分はLGBTに理解があり、偏見はない

・だが、「小さな子供にもLGBTについて教えるべき」とは思えない

・分別のつく年齢になってからならOK

・LGBT教育によって、LGBTの人が増える

・LGBTの人が苦労している社会だからこそ、子供が当事者となる(興味を持つ)可能性から遠ざけて守る

 

実はこの主張、

決してこのツイートをした方だけではなく、

僕もこれまで様々なところから、

同様のことを耳にしてきました。

 

特に、僕が暮らしている台湾では、

2018年に「LGBT教育に関する国民投票」が

行われたこともあり、

討論が大々的に成されていました。

 

当時の投票結果からも、

この主張と同じ考え方を持つ方は本当にたくさんおられて、

まだまだ根強いのだな、

と感じずにはいられませんでした。

 

関連記事→【「投票しよう!」10万人参加のLGBT音楽イベント『為愛返家音樂會』で叫ばれた台湾の未来とは?】

 

では、この主張に対して、LGBTの「G」、

当事者である僕が感じていることについて、

シェアさせていただきたいと思います。

 

ただし、LGBTの方の中でも、

それぞれ置かれている環境によって

考え方は違って当然ですので、

あくまで一人の当事者の感じていることとして、

読み進めていただければと思います。

 

「分別のつく年齢」になって苦しんだからこそ、もっと早い段階で知っておきたかった。

台中同志遊行(台中LGBTプライド)2018パレードで掲げられるレインボーフラッグ

僕は「もっと早い段階から、

LGBTについて知っておきたかった」と、

自分のこれまでの人生を振り返って感じています。

 

僕は、幼い頃から同性に惹かれていました。

 

しかし、そのことに対して

全く悩むことなく生きてきたのかというと、

決してそんなことはありません。

 

むしろ、成長していくにつれて、

深く深く悩むようになりました。

 

クラスメイトに、

なんだか気になる男の子がいる。

 

その子に、ふと話しかけられたり、

肩を組まれたりすると、

なぜか格別にうれしかった。

 

でも、その気持ちの正体は、

まだ分からないまま。

 

王子様とお姫様のおとぎ話はたくさんあって、

その感覚に似ている気はするのだけれど、

王子様と王子様なんてお話は見たことないし。

 

お父さん、お母さんが観ているドラマや映画も、

主人公は必ず、男の人と女の人だし。

 

保健体育の授業を受ける頃になって、

「異性に関心を持つようになる」と語られることはあっても、

「同性に関心を持つこともある」とは、

どの先生も話していなかった。

※僕が義務教育を受けていた20年ほど前のことです。

 

高校生、大学生と進んでいくに連れ、

クラスメイトや友達はどんどん

(男女で)カップルになっていくのに、

僕は今もカップルになれないばかりか、

男性にばかり惹かれている。

 

周りにカップルはたくさんいても、

男性同士のカップルなんて、

一度も見たことがない。

 

なぜ?どうして?

これって、世界で僕一人だけなの???

 

これまで異性愛にしか触れたことがない環境で

育ってきたため、異性に惹かれるのが当然と

「分別がついて」しまっていたからこそ、

逆に誰に相談することもできず、

ずっと一人で、命を投げ出したくなるくらいに

悩んでいました。

 

高雄同志大遊行(高雄レインボープライド)2016のパレードでレインボーフラッグを持って歩く親子

でももし、もっとずっと幼い頃から、

男性に惹かれているこの気持ちが、

ごくごく自然なものである、

ということを知っていたなら。

 

王子様と王子様が、

めでたしめでたしでもいい。

 

男の人と男の人が、

ラブストーリーの主人公であってもいい。

 

同性に関心を持つこともあるし、

そういう人もこの世界にはたくさんいる。

 

「分別がつく」前から、

そんな環境の中で育ってきていたら、

僕の青春時代はもっと違うものになっていただろう、

と思わずにはいられないのです。

 

LGBT教育によって、LGBTの人は「増える」のか?

台南彩虹遊行(台南レインボーパレード)2019で手を繋いでパレードを歩くカップル

僕が男性に惹かれるのは

幼い頃からずっとですが、

実はそのことに、

当時から気づいていた訳ではありません。

 

むしろ、それまでの生活の中では、

異性愛の人たちに囲まれ、

異性愛の作品ばかりに触れて生きてきたので、

高校生くらいまでは

「こんな僕も、いつか女の子と付き合うんだろうなあ」と、

漠然ながら思っていたくらいです。

 

そう思っていたにも関わらず、

自分が無性に気になる相手は、

なぜか男の子ばかり。

 

その時は、それが「恋」の感情とは、

全く意識していませんでした。

 

その後、とことんまで悩み、

自分でLGBTについて学ぶ時期を超え、

ようやく「自分は同性が好き」という事実を、

あの気持ちがまぎれもない「恋」であったことを、

心に落とし込むことができたわけです。

 

そして、その段階になって、

よくよく考えてみると

「そう言えば、幼い頃から、

気になる相手はいつも男の子オンリーだったなあ」と。

 

「僕が男の子に惹かれるのは、

生まれつきだったのだなあ」と、

後から振り返ってみて、

ようやく気づいたわけです。

 

台南彩虹遊行(台南レインボーパレード)2019でメッセージを掲げるカフェ

なので、僕の感覚としては、

LGBTに「なる」というよりは、

LGBTなのだと「気づく」と言った方が、

非常にしっくりきます。

 

自分が「LGBTの人」なのだと気づいて、

「僕は男性が好き」と他の人に告げた瞬間、

社会から見れば、LGBTの人が1人「増えた」、

ということに一見するとなるのでしょう。

 

でもそれは、

僕がLGBTの人に「なった」からではなくて、

もともと「生まれ持ったものがあり」

「それに気づいた」からに他なりません。

 

だから、僕は「増えた」のではありません。

 

僕が「見えるようになった」だけです。

「カミングアウト」なんです。

 

なので、LGBTについて教えることは、

本当の自分に「気づく」ためのきっかけを与えるにすぎない、

と僕は思います。

 

LGBTについて知ることは、なぜ必要なのか?

苗栗愛轉來平權遊行(苗栗LGBTプライド)2019でレインボーフラッグをまとってパレードを歩くカップル

では逆に、LGBTではない人たちにとっては、

小さな頃からLGBTについて知る必要は

ないのでしょうか?

 

僕が現在暮らしている台湾では、

学校で「LGBTに関する教育」が行われているのですが、

そのきっかけとなった、ある出来事があります。

 

それは、およそ20年前、

台湾南部のとある中学校でのこと。

 

その学校に通っていた葉永鋕くんは、

クラスメイトからいじめを受けていました。

 

「男っぽくない」という理由で、

校内の至るところでからかわれ、

特に休み時間のトイレへ行くことが

一番の恐怖だったそうです。

 

ある日、授業中に先生に申し出て、

一人でトイレへと向かった葉永鋕くん。

 

そしてそれが、

彼が生きている姿で目撃された最後となり、

その後、校内のトイレで真っ赤に染まった状態で

倒れているのが発見されました。

 

関連記事→【你還記得15年前的「玫瑰少年」葉永鋕,是怎麼死的嗎?|The News Lens 關鍵評論】

 

花東彩虹嘉年華(台湾東部LGBTプライド / 台東場)パレードでステッカーを貼って歩く参加者

もしも、その学校に通う一人一人が

「みんな違って当然」との認識を、

しっかり持っていたなら。

 

彼の命は、失われなかったかもしれない。

 

人一人の命が犠牲となってようやく、

台湾ではLGBTに関する知識が、

学校で教えられることになりました。

 

LGBTについて教えることは、

決して僕のような当事者だけにとって、

大切なことではありません。

 

「知らない」というだけで、

時に大切な命さえ失われることもあり、

そこに年齢は関係ないはずです。

 

家庭で、あるいは教育の場で。

 

小さな頃から

「同性に関心を持つこともあるし、

そういう人もこの世界にはたくさんいる」と知ることは、

より多くの人にとって生きやすい社会への

原動力になると思います。

 

LGBTの話題から遠ざけることは、本当に「子供を守るため」?

花東彩虹嘉年華(台湾東部LGBTプライド / 花蓮場)の集合場所・花蓮文創園區で遊ぶ子供たち

ツイート内には

「LGBTの人が苦労している社会だからこそ、

子供が当事者となる(興味を持つ)可能性から遠ざけて守る」

という意図の主張もありました。

 

これを、その子が僕と同じように、

生まれつき同性に惹かれる子供だった場合で、

ちょっと想像してみます。

 

もしも、ある日何かの拍子に、

自分の親がこういう主張をしている、

考え方を持っていると知ったとしたら。

 

「なぜ、その(LGBTの)人たちは、つらい思いをしているの?」

「その人たちに、つらい思いをさせているのは誰なの?」

「つらい思いをさせている人たちは、どうしてその人たちを嫌いなの?」

 

むしろ、実際に自分がこれから

経験するかもしれない現実を、

もっと知りたいと思います。

 

なぜなら、その方が将来、

自分の身を守ることに繋がりますから。

 

本当に「子供を守ること」を考えるのであれば、

むしろ話した方がプラスに働くのではないかと、

僕は感じます。

 

「LGBTに理解があり、偏見はない」

と言うのであればなおさら、

その理解をお子さんにお伝えいただけたら、

当事者の一人として、これほどうれしいことはありません。

 

まとめ

2018年台湾最初のLGBTプライド「台南彩虹遊行(台南レインボーパレード)」に参加する親子

今日は、「子供にLGBTのことを教えるのは早い」

という主張に当事者の僕が感じていることを、

シェアさせていただきました。

 

幼い頃から同性に惹かれていた、

ある一人の当事者が感じていることとして、

ご参考いただけましたら幸いです。

 

LGBTに限らずですが、やはり何事においても

「自分のすぐ近くに存在しているかもしれない」

という意識を持つことは、すごく大切だと思います。

 

自分の感じ方や価値観と違う人は、

職場でも学校でも、友人でも、

家庭内であっても、必ず存在しています。

 

その違いを認め合い、尊重することが、

真の意味で「みんな違って当然」と

知ることではないでしょうか。

 

「自分と違うから」

「そんな立場になったら困るから」と、

避けたり遠ざけたりするのではなく、

「それはいつか、

自分たちとも深い関係が生まれることかもしれない」。

 

そんな風に自分ごと化して話し合うことが、

より多様性に富んだ社会への、

引いては自分の大切な人たちにとって生きやすい世界への

第一歩ではないかと、僕は感じています。

 

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コメント

  1. Kazu より:

    Mae さん
    毎度ブログ楽しみに拝見させていただいています。
    現在台湾で語学留学中、新北市在住の日本人です。

    私自身もゲイの当事者で、幸いいじめ等の経験はなかったのですが、
    小中高とストレートを毎日演じることにとても疲弊しました。

    学校教育の早い段階から「同性が性愛対象になることは変じゃない」
    と知ることで、これから苦しい思いをする子供たちが少しでも減っていけばいいな、と
    私も強く思います。しかし教育以前に、これから親になる大人たちが変わって行かなければならないとも感じます。

    Maeさんの経験・意見、すごく共感させていただきました!
    ありがとうございます。

    Kazu

    1. kazukimae より:

      コメントありがとうございます!
      「演じる」という感覚、とてもよく分かります。
      テレビ番組の話、好きな芸能人の話、恋の話、
      何にしても自分を偽らなくてはいけないのは、本当にストレスフルですよね…
      僕も、教える側の大人にも正しい理解が必要だと思います。

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