「女の子とばかり遊んではいけないよ。」

「性」というものに関係する、僕の一番古い記憶です。小学校低学年の頃、担任の先生に言われました。
どうしてそれがダメなのか、分かりませんでした。だって、女の子と一緒に遊んでいる時の方が楽しいんだもの。フィーリングが合う、と言うか。(正直、大人になった今もそう。)
プラモデルとかミニ四駆とか、全然楽しくなかった。でも、男の子たちはみんなそういうものに熱量を注いでいて、男の子たちと遊ぶにはそれが必要だったから。どこが面白いのか全然分からなかったけれど、触っているふりを始めました。全く興味が湧かないものだったから、どちらも男の子連中の中でダントツに下手だったし、レースをしてもビリばかりで、ますます興味を失う一方でした。


男の子連中と唯一面白さを共有できたのは、テレビゲーム。
特に、未知の世界を旅している感覚に浸れるRPGに、どハマり。リアルかフィクションか、という違いはあったとしても、きっとこの頃からもう、田んぼに囲まれた地元の先に広がっている「世界」に惹かれていたのだと思います。ゲームの話でやっと、男の子連中とも盛り上がれるようになりました。
でも、やっぱりちょっとズレている。
みんなは、リノアやユウナに夢中になっていたのに、僕はゼルやティーダやヴァンの方が、何だか気になる。シヴァやイデアやルールーには大夢中だったけれど、みんなの言う「夢中」とは、どこか違っているような気がしていました。

それに。やたら目が離せない男の子がリアル世界、高校にも。
スポーツなんて大嫌いだったのに、うっかり選ばれてしまった体育係。それでも、月一くらいの頻度で開かれる係の集会で、その男の子に会うことができるから、その日に向けてワクワクしている自分がいました。
同学年で、サッカー部だったか、テニス部だったか。スポーツ万能で、英語の特進クラスでも一緒になったから、勉強も一生懸命。部活もせず、勉強机に齧り付いてばかりいた地味な僕とはヒエラルキーが違いすぎて、とても話しかける勇気はなかった。それでも。
言葉は交わさないけれど、廊下ですれ違う度、お互いに目だけは合う。週に一、二度、ただ同じ教室にいるだけで何だか嬉しい。
あの時、その気持ちの正体こそが「恋」なのだと気づけていたなら。天に昇るほどハッピーなことも、アビスに転落するほど苦しいことも、もっと前倒しで経験できていたんじゃないかな。なんて、今となってはよく思ったりもします。

「僕はどうやら、同性を好きになるみたいだ。」

大学に入って、やっとその事実に気づきました。
恋は、「男女」でするもの。そういうものだと思い込んでいました。実際、キャンパスを見渡せば、高校時代までとは比べ物にならないほど、あちこちに男女のカップルがいる。分かる。もうみんなそういう年齢だし、自然なこと。でも、僕はどうなんだろう?手を繋いだり、デートをしたり、夜を共にしたいと思い浮かんでくる相手は、どうして男性ばかりなんだろう?
周りをカップルで囲まれるようになって、彼女のあるなしをひっきりなしに尋ねられるようになって、恋について真剣に考えるようになって。ようやくハッとしました。僕が欲しいの、「彼氏」じゃないの?と。恋だけど、「男男」でしちゃってるんじゃないの?と。驚くと同時に、激しいショックを受けました。
結婚して、子供を持って、家を建てて。みたいな、幸せの形として宣伝されていた未来を、僕が歩むことはできないんだ。男なのに、男が好き。僕のような存在を指して浮かんでくるのは、侮蔑的な言葉ばかりでした。自分で自分にそんな言葉を突き刺して、傷つけてばかりいました。
こんな自分を受け入れてくれる人が、この世界にいるのだろうか。これからずっと、自分の意思とは関係なく、本能的に頭をもたげる「好き」の感情を押し殺しながら、秘密として心の奥底に封印しながら、幾万もの嘘をつきながら、たった一人で生きていくしかないのだろうか。
誰にも助けを求められなくて、何の希望も持てなくて、命を投げ出すことすらも頭をよぎるようになりました。


救いの手は、ノートパソコンの画面の中から伸びて来ました。
インターネットで、自分のような性質のことを検索してみる。「LGBT」とか「ゲイ」という言葉がヒットする。世界には他にもたくさんの仲間たちがいるようで、もっとスケールを絞って、僕が暮らしている街ですら、同じように同性との出会いを求めている人がいる、と発覚する。それを教えてくれたのは「掲示板」という、出会い系アプリの祖先のようなオンラインプラットフォームでした。
そこに、自分のプロフィールを載せてみる。足跡が付く。メッセージが来る。逆に送ってもみる。お互いに良いなと思ったら、リアルで顔を合わせてみる。そんな行為を続ける中で、お付き合いへと発展することになる男性が現れました。
2人でショッピング。2人で映画。2人で料理。2人の夜。彼と過ごす時間は、涙が出るほどにうれしかった。それは、社会で言われているような「禁断の愛」なんかじゃなかった。何の変哲のない、後ろめたさの入り込む余地もない、周りのカップルが謳歌していたのと同じ、ごくごくありふれた自然な恋愛でした。
触れ合ったその人の温もりに、孤独感や自分を否定する気持ちは、少しずつ溶けていきました。

「もう、チャンスはないかもしれない。」

同性に恋する自分の性質に、何とか折り合いがついた頃。長らくほったらかしになっていた外の世界への好奇心は、それでもまだ消えてはいませんでした。むしろ、時を経るに連れ、どんどん心に滾っていた。けれど、再び向き合えるようになった今はもう、大学卒業がすぐ目の前。
就職先も決まり、あと数ヶ月も経てば、会社員としての新生活が始まる。もしも、ここで行動を起こさなければ、このまま一生、世界を知ることなく終わってしまうのかもしれない。この好奇心、殺してしまっていいの?勇気がないとか、費用が嵩むとか、そんなことを言っている場合じゃないのでは?
焦りが、背中を押してくれました。自分に卒業旅行を贈る気持ちで、初めての海外一人旅を決断しました。40万円くらいだったっけ。溜め込んでいたバイト代を丸出しにして、それまでの人生史上最高額の買い物にオールインしました。

テレビや映画の中でしか見たのことのなかった景色が今、本当に目の前にある。10数時間のフライトを終え、外に出るのが怖くて小一時間シャルル・ド・ゴール空港のトイレに立てこもった後、やっと自分の足で踏み出した瞬間の感動。自分の目で初めて見た世界に広がる光景は、それまでの人生で形成されてきた観念や常識を粉々に打ち砕いてしまうほど、衝撃的で、刺激的でした。
数週間の旅なんかじゃなく、もっと腰を落ち着けて、じっくりと世界に浸ってみたい。絶対に、海外で暮らしてみせる!
その新しく湧き出した夢を、何としても叶えたかった。会社員として働き始めてからは、時間がなくて行けない。どころかむしろ、スケジュールを調整しては、度々海外へと出かけるようになりました。バンコク、上海、香港、ホーチミン… 旅行として楽しむのと同時に、「この場所で暮らすイメージができるか」という視点も持ちながら、短い日数でも行きやすいアジア各国の街を訪れていました。

「探していた場所は、ここかもしれない。」

満足なコミュニケーションすら取れない僕をスクーターの後ろに載せて、観光や食事に連れ回してくれる優しい人々。夜な夜な屋台から放たれる香ばしくて、時に鼻をつくスパイスや発酵物のにおい。さも当たり前かのように同性同士の恋愛について公共の場で語られている、風通しの良い環境。初めて来たとは思えない、身体にしっくりと馴染むまろやかな街の空気。
まだ行ったことがなかったから。台北旅行に来たきっかけが、そんな単純な理由からだったなんて、恥ずかしくて口に出すのが躊躇われるほど、容赦の無いたくさんの「好き」が、台湾から雪崩れ込んで来ました。
また、すぐにでも会いに来たい。できることなら、離れたくない。それほどに深い感情を抱いた街は、台北が初めてでした。旅で訪れた他の街とは、何かが明らかに違っていたのです。論理的には説明できなくて、「恋に落ちた」と言う以外、ピッタリと嵌る表現が思い当たりません。

中国語は全く分からない。住むところは決まっていない。就職できる保証も当てもない。だとしても、恋は盲目。もう突き進まずにはいられなかった。
初めて台北を訪れてから、およそ2年後。語学学校に通うための学費と当面の生活費、入るだけの服を詰め込んだスーツケース1つで真夏の台北に降り立ったのが、僕の台湾人生の始まりでした。そこから、語学学校で1年間中国語を勉強した後、幸運にも現地での就職が実現。そこから現在に至るまで、台北での生活を続けられているのは、本当に様々なご縁に恵まれての結果なのだと、今振り返ってみても思います。

今、この文章を通してあなたにお会いできたのも、もしかすると何かのご縁なのかもしれません。
こんなMaeが綴るブログ『にじいろ台湾』。気の赴くままに書き散らかしますが、お暇な時にでもまた覗きに来てください。何ひとつ更新されていなくても、許してください。

